書論2 和様は日本が950年かけた世界最高の情報技術


筆字で日本語を書く和様は950年

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現在の書道が昔から日本で親しまれ、最も伝統があると思っている人も多いでしょう。

残念ながら、現在”書道”として親しまれている中華式の唐様が主流になって150年。

一方、和様が情報技術を担っていた期間は、平安後期から明治維新までの950年間です。

唐様は芸事、嗜み、情操教育としてありましたが、情報技術として庶民は使いません。

和様の歴史のほうが圧倒的に長いのです。

今とは真逆!あの日下部鳴鶴も和様に嫉妬?

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「御家流であらざれば書にして書にあらずという偏見が、一般の頭脳に留まっていたことは事実」

これは六朝書道論の“現代書道の父”日下部鳴鶴氏の記述から抜粋したものです。

この言葉からも伝わるように、江戸時代は和様が圧倒的に主流であったことがわかります。

明治政府が、日下部鳴鶴ら唐様の書家を太政官(今の内閣府)として主要なポストを与えたため、

明治維新後、日本の公式書体が和様から唐様に変化し和様が衰退していくことになります。

これで950年間続いた日本の筆文字として和様は終演を迎えます。

そして、今では御家流を書くことができる人が誰もいなくなりました。

※日下部鳴鶴氏(天保9年(1838年) ~大正11年(1922年)

書家は最も普及した和様“御家流”に厳しい?

その1で「最近の書籍には、和様や御家流の記載がない」と書きましたが、

「日本書道ものがたり」(著:村上翠亭 芸術新聞社)の最後にこんな漫画がありました。

日本書道ものがたり 村上翠亭 芸術新聞社

書道の書籍で、御家流という単語が出てくる事自体、非常に珍しいのですが、

残念ながら「御家流というらしい。趣がないこと・・・」と評価は低いですね^^。

情報技術の和様と芸術の唐様を比較して「趣がない」と明確に否定しています。

ちなみに、著者の村上翠亭先生はこんな作品が有名?です(笑)

Q太郎 村上翠亭

美術展でも和様“御家流”がなかったことに?

不遇の和様ですが、なんと2013年 初の和様専門の大型展示「和様の書」(※)がありました。

しかし、展示内容が、商業的に人気の平安時代の和様(かな書)が中心なのは分かりますが

最も普及した江戸時代の公式書体 和様“御家流”の肉筆展示が全くないのです。

芸術的に視点で「趣がない」というのは、主観もあるので理解できたとしても

学術的な意味を持つ公的な展示で、最も普及した御家流の展示が一切ないのは変です。

博物館「展示場所がなかった」

もちろん、学芸員は、御家流が江戸時代の公式文字で、最も普及した和様が御家流

ということが歴史的事実なのは全員知っています。

そこで問い合わせをしたら「展示場所がなかった」という回答でした。

江戸時代の文化を支え、最も普及した御家流の展示以上に重要な展示物ばかりってこと?(謎)

この辺りは、なにかしら、一定の政治力が働いているのだろうなと思います。

※主催 東京国立博物館 読売新聞社 NHK他/後援 文化庁/特別協力 読売書法会

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