文化庁「とめ、はね、はらいとか細部にこだわりすぎ!」②


 

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文部省の看板…文化庁、スポーツ庁

その①「文化庁「とめ、はね、はらいとか細部にこだわりすぎ!」①」

文化庁の文化審議委員会で、印字文字の普及や手書き離れ懸念があり、字体が合っていれば、

とめ、はね、はらいなど細部にこだわらないようにしようという流れがあります。

文化審議会国語分科会漢字小委員会(第16回)議事次第 の資料の抜粋です。

以前、このブログでも書きましたが(「スポーツ庁」の看板を北魏調に修正してみた

タイトル画像の文科省の看板を見れば、文部省は省庁1看板の多様性を見せています。

必要以上に細かい事を言うな

現代の社会生活における漢字使用の中では,学校教育で培われた字体・字形の意識が否定されたり,反対に,社会生活の中では問題視されるべきではない細部の差異などが,教育の現場においては必要以上に厳密に扱われるような状況がある。これらを改善し,学校教育と社会における漢字使用との間の円滑な関係性を築いていくのは,国語施策の責任であろう

手書きは唯一無二のコミュニケーションや芸術的価値

印刷文字にはない付加的な価値が期待される面がある。手で書かれた文字の方が喜ばれる場合があるというのは,漢字の運用における手書き文字の特徴とみなすことができよう。この,手書き文字に期待される「印刷文字にはない付加的な価値」のうちには,その文字を書く人の個性や情感,考えや気持ちの表れ,また,わざわざ掛けられた手間への有り難みなどがあろう。さらには,芸術的な表現や装飾的な働き,書かれたものの唯一無二性などもあり,これらは,人と人とのコミュニケーションにおける手書き文字の機能であるとも考えられる。

手書きの重要性を叫んでもダメ!具体的に何か必要!

文字を手書きする機会と同様に,手で書かれた文字を読む機会も少なくなっており,学校教育においてさえも,児童生徒の目に触れるのは印刷文字が中心であり,黒板への手書きさえ電子黒板等の使用に移行しているような場合もある。このような社会状況を踏まえると,手書きが大切な文化であるということを普及,定着させるには,ただ重要性について声を大にするだけではもはや不十分であり,手で書くという習慣を維持するための具体的な方策が必要となっているのではないかというのが当指針の認識である。

従来の「手本通り」は手書きを萎縮させる

手書きの文字の細部の在り方にこだわるなど,文字の形状の正確さを注意深く求めようとする考え方も見られる。このような考え方は,ときとして,何らかの規範となる文字の形状に合わせて手書きすることへの傾注として現れる場合がある。その結果として,手本として示された字の形状だけを正しいとする考え方や,手書きする際にも活字のとおりに書かなくてはいけないという考え方が世の中では生じてきている。(略)文字の細部を何らかの一定の規範とされる字形に合わせようとする考え方を推し進めれば,手書きすることに萎縮し,揺れの少ない印刷文字の字形を用いる方に安心を覚える人が増えていくということも考えられよう。

手書きしないと文字の形成、維持がヤバい

また,現代の日本で用いられている漢字の字体・字形が,手書きすることによって形成され,維持されてきたという点にも注意すべきであろう。手書きにおいては,点画を組み合わせていく上で,順序や方向性があり,動きの中で字形が表される

とにかく手書き離れがヤバいぞ

現状に危機感を抱き,国民の誰もがどの年代においても,意識的に手書きをし,手書き文字に触れる機会 を得やすくするような方策を立てることは,差し迫った課題である。

細かい事言いすぎ!手書き萎縮させないで!

字形の細部に必要以上にこだわることで文字を手書きすること自体を萎縮させてしまうことなく,適切な文字をより安心して積極的に手書きできるような状況を社会に定着させることが,将来にわたって漢字をはじめとする文字に親しみ,手書き文化を,ひいては,手書きと切り離すことのできない漢字の字体・字形に関する理解を維持するために必要であると考える

と、日本人の完璧主義具合が、手書き離れを加速させるのかもしれません。

ドヤ顔の楷書や美文字が手書きを遠ざける?

「日本文化が崩壊する」「ゆとり」という人がいますが、楷書が公式書体になったのは明治時代。

つまり、それまで1000年近く培ってきた日本本来の和様文化を捨てたのは明治時代です。

それは、私達が、突然、江戸時代の古文書が読めない事でわかると思います。

例えると、現在の文字は、フィリピンの英語、朝鮮のハングル、中国の簡体字と似た状態。

(現在の書道は150年程度。江戸幕府260年ですから、まだまだ歴史は浅いけどね)

私たちは楷書は習うものの、使用を拒否し、各々で字体を解釈し自由に筆記をしています。

現在の筆記文化を強制的に楷書にしても、拒否感だけが募り、

逆に、手書きによる文字文化の維持、発展に支障が出る可能性もあるということは頷けます。

日本語の筆記の維持のため多様性を認める

字体の習得の重要性を否定する人はいないと思います(ベースになる文字デザインだから)。

ただ、実用の筆記具が、筆→ペン→キーボードになった今、どんどん手書き離れは進みます。

細かい「こうあるべき」という理想は少し抑えて、多様な手書きを認めて、裾野を広げて、

手書き文化の維持を確実にしたい所です。

手書きがなくなったら、フォントでは文字の変化、発展は止まってしまいますからね。

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コメント

    • 野獣
    • 2016年 3月 17日

    正しい字の書き方も知らないで多様性とは片腹痛いね
    文化庁も曖昧な日本語の管理・維持が難しくて自ら責任を投げ出すとは・・・

      • udoyoshi
      • 2016年 3月 29日

      コメントありがとうございます。
      >正しい字の書き方
      「正しい字」とは何時代の、どれ(流派)を指すのか非常に難しい判断です。
      文字は、伝統的な正誤より、情報技術として「共通認識があるかどうか」が最も重要です。
      もし、伝統を取るなら、明治以降、始まった今の書道より、江戸時代の御家流の方が歴史は圧倒的に長いため
      続け字の御家流の方が正当性があるという主張にも理が出てきます。

      ただ、今回の文化庁の決定は、昭和21年(1946年)当用漢字(→昭和56年(1981年)常用漢字表)から出ていたと聞きました。
      当用漢字からだと野獣さんは、まだ生まれてなかった可能性も高いかと思っています。
      結構、古い話を、再度、周知したというのが文化庁の立場です。

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