金子鴎亭「新調和体論」の謎 その1


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権威のある師の伝聞だけで歴史を調べない落とし穴

2017年1月に東京芸術劇場で「和様の書展」があり、全力でやっておりました。

大変長らくの期間、記事の投稿をサボってしまいました。すみません。

さて、今回、金子鴎亭氏の「新調和体論」のネタについて書くことにします。

書道は、日本の芸術業界で圧倒的に人口が多いという話は、度々しています。

しかし、書の技術(書く、彫る)は研究熱心ですが、歴史に関して興味を持ちません。

和様も、書道に流派があることも、ほとんどの人が知りません。

先週、JOA(日本オリンピックアカデミー)主催の講演会で

「1964年 東京オリンピック 赤いブレザーのデザイナーはVAN石津謙介氏」

という話を、誰も調べたことがなく、実は、神田の望月靖之さんだったという話。

しかも、国立博物館・昭和館、江戸東京博物館、秩父宮記念スポーツ博物館、

さらに、本家JOCも、間違っていたという杜撰な話でした。

ヤフーニュース(表向き 無難)
シノドス(石津事務所が、間違いを意図的に利用した可能性を示唆)

誰も理論を見たことがない

outei064和様の歴史で、明治以降、もっとも重要な人物の一人が金子鴎亭氏です。

(もちろん昭和を代表する書家ですね。)

金子鴎亭氏の創立した書道団体「創玄書道会」(日本最大規模の団体)にはこう書いています。

■詩文書の理論を打ち出す

書の一分野として定着した「詩文書」を切り開く第一歩、「新調和体論」と題する考察を発表し、書壇に大革命を起こすことになりました。

「新調和体論」は、雑誌『書之研究』に昭和8年(1933年)、鴎亭27歳のときに書いたそうです。

鴎亭氏は、現在、「近代詩文書」というスタイルの創始者で、書道界で知らない人はいません。

金子鴎亭の凄さを解説

書の好みがあるので、創玄書道会が「大革命」と書いてもピンとこない人もいるでしょう。

金子鴎亭氏がどれだけすごいことをやったのか、私なりに段階を追って簡単に説明すると

レベル  内容  凄さ
☆☆☆☆☆ 日本語の書の重要性を説いた。 独自の書論を持っている書家は現在ほぼいない。
★☆☆☆☆ 未完成の状態で作品を発表 失敗すれば書家生命を失うハイリスクな行動。今は誰もやらない。
★★☆☆☆ 近代詩文書を確立 認知度のある独自書風を作った人は、明治以降でも数名。数十年に一人の逸材。
★★★☆☆ 近代詩文書を他人に教授 独自書風を後人に継承・存続できた指導者は明治以降、鴎亭のみ。50~100年に一人の逸材。
★★★★☆ 近代詩文書を書道界に定着 書道史に名を残す大偉業。150年に一人の逸材。
★★★★★ 書き文字の変更。政府転覆レベルで明治政府が実施。GHQは失敗。

創玄「見たことがない」という謎の書論「新調和体論」

金子鴎亭氏を語る上で「新調和体論」は非常に重要で、何が書いてあるのか興味が湧きます。

しかし、ネットにあるのは「新調和体論」という単語だけ。

その重要な書論の中身が、全く見当たらないのです。

さすがに、大本の創玄書道会は持っているだろうと問い合わせると「所蔵していない」との回答。

さらに、「実は、見たことがない。」というのです。

「書之理論及指導法 金子賢 著(以下画像)」という書籍で、新調和体論を想像していたとのこと。

書之理論及指導法は、錯覚など具体例を用いて細かい書論が展開されている(うどよし所蔵)。

この書籍には、「和様」「巻菱湖」といった当サイトでは馴染みのある単語が多数出てくる。

 

本邦、初公開?金子鴎亭「新調和体論」

yurikoということで、「新調和体論」のコピーを入手しました。

しかし、昭和8年の書籍なので、当然、旧字体です。

ちょっと不安になので、念のため、昭和4年うまれの88歳のおばあちゃんに協力してもらって、内容を確認しました。

本を読むのが大好きで、久しぶりに旧字体を読めたと喜んでおりました。

写真は、打ち上げの寿司屋にて、隣のフランス人旅行者の子供に話しかけてるところ。

たった2ページ…検証するって大事

創玄書道会をして「「新調和体論」と題する考察を発表し、書壇に大革命を起こすことになる」とまで言わしめた「新調和体論」に大きな期待を寄せている人は数多くいると思います。

しかし、はじめに書いておきますが、「新調和体論」は、たった2ページです(笑)。

サラッと読めちゃうブログのような軽いものです。

しかも、抽象的な内容にとどまり、理論的なものは一切出てきません。

創玄書道会も中身をしらないので「考察を発表し、書壇に大革命を起こした」と表現できたと思います。

もし、創玄書道会の方が、この内容を見ていたら「その後の書壇での活動により、調和体に大革命を起こした」くらいの表現をすると思います。

27歳の若造のこの文章だけで、世の書人が「金子鴎亭すごい!」となったとは考えにくいです。

「新調和体論」というタイトルは後付?

image13この「新調和体論」は、金子鴎亭ではなく金子琴城という雅号で寄稿されています。

しかも、タイトルは「何かあるべき動向か」です。

実は、原文には「新調和体論」という言葉も見出しもありません。

そのため、ネットで散見される「新調和体論」は後付かもしれません。

また、“新”調和体ということは、当時、すでに、調和体となるものが存在していたということなのでしょう。

本文に出てくる「調和体」というものが何を指しているのか、具体的にはわかりません。

1調子の、何らの変化も、躍動も、迫力も有してゐない現代の調和体は、わずかに一方的の書風を表現したに過ぎないもの

とあるので、当時、同じような事を考えていた書家の漢字と仮名を混ざりの毛筆全般を「調和体」と言っているのかもしれませんし、江戸時代の公式書体 御家流の残党のことを指していたのかもしれません。(わかる方、教えてください。)

その2に続く(しばしお待ちを)

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