書展の歴史

日本の書道界は、大手新聞社系で占められていることは大体の人が知っていると思います。

直近2013年の応募総数と3大新聞社合計内でのシェアを記載しておきます。

①毎日書道会 応募数 約31000点 シェア54%

②読売書法会 応募数 約19000点 シェア33% ※日展 応募数 約10000点

③産経国際書会 応募数 約7000点 シェア12%

毎日、読売で約90%のシェア≒書道界全体シェア約90%というでしょう。(応募数は役員除く)

(※豆知識:読売は日展の下部組織としても知られています。)

さて、これらの団体がいつ頃できたのか、私の趣味で時間があるときに整理したものがあるので

せっかくなので公開します。(訂正などあれば教えて下さい!)


西暦 年号 内容
1903 明治36年 斯華会(小野鵞堂)設立(“書道”という言葉の誕生)
1904 明治37年 謙慎同窓会 のちの謙慎書道会
1933 昭和8年 謙慎書道会発足 西川寧ら
1946 昭和21年 日本書道美術院が設立
(豊道春海、田中真洲、手島右卿、飯島春敬+尾上柴舟、香川峰雲、金子鷗亭、大澤雅休らが参加)
毎日新聞社の後援にて第1回展開催
1946 昭和21年 日本書藝院 設立 辻本史邑ら
1948 昭和23年 日展(第五科)に書道が参加
1948 昭和23年 全日本書道展(毎日書道会の前身)
尾上柴舟、豊道春海、山口蘭渓が顧問
飯島春敬、上田桑鳩、金子鷗亭、辻本史邑、手島右卿、柳田泰雲が運営委員
1949 昭和24年 随鷗社 設立(現 創玄書道会) 金子鴎亭
1951 昭和26年 日本書道教育学会 石橋犀水
1951 昭和26年 毎日書道会発足
1954 昭和29年 毎日書道会に「前衛」「近代詩文書」が新設。
かなの大字化が始まる。
1964 昭和39年 創玄書道会 設立 金子鴎亭
1981 昭和56年 毎日書道会 分裂
「毎日日本書展」(漢字部、かな部、篆刻部)
「毎日現代書展」(近代詩文書部、少字数書部、刻字部、前衛書)
→青山杉雨、村上三島脱退(S58) 読売へ(詳細)
1983 昭和58年 読売“読売書展”を廃止(1976年~)
1984 昭和59年 読売日本書法展(現 読売書法会)を設立
1984 昭和59年 産経国際書会 設立
今の書道界は、さきほど90%毎日と読売でできていると書きましたが

1981年(S56)を見ればわかるように、読売はもともと毎日が喧嘩別れしたのを

読売がもらった(横取りという人もいるけど)という形です。

現在の毎日=前衛、読売=伝統 という違いはこのためなんですよ。

そして、伝統派=漢字→唐様(中国式の書)色が強い読売は

「読売“書道”会」ではなく中国語で書道の“書法”(繁体字)にしたのかな?

ついでに、産経も同時期なので、これも偶然なんですかね(笑)

みなさんも、年表に整理すると「へー」て思うことがあるんじゃないでしょうか?

参照サイト(一部)

読売書法会 http://event.yomiuri.co.jp/shohokai/about/index.htm

毎日書道会小史 http://www.mainichishodo.org/about/history1.php

産経国際書会 http://www.sankei-shokai.jp/about/history.html

和様 書家 うどよし 公式ページ 東京の書道教室 和様 うどよし書道教室

書展の歴史 への8件のコメント

  1. ピンバック : 20代30代は和様傾向が強い「サイレント・マジョリティー」 | 和様 書家/書道家 うどよし Japanese calligrapher Udoyoshi

  2. ピンバック : 産経国際書展に未経験だった生徒(4年目)が初出品&初入選 | 和様 うどよし書道教室|東京 文京区 湯島・本郷/千代田区 御茶ノ水| Japanese calligraphy experience "Wayoh" experience

  3. udoyoshi

    「書道」の由来という大事なことに
    私含め書道愛好家が
    興味を持たなかったのも不思議なんですね。

    私は「書道家」「書道展」ではなく
    「書家」「書展」というのも
    「書道」という言葉が近年生まれたからではないかと推測しております。

    どういうお立場の方はわかりませんが
    私のような本流ではない活動をしている私に
    ご興味を示していただけただけでありがたいです。

    今後ともよろしくお願いします。

    返信

  4. 匿名

    返信ありがとうございます、なるほど、とある程度納得させていただきました。
    三点挙げてくださいました条件の中では特に2番目と3番目が難しいですね。現代の「書道」の意味を定義づけて明文化すること、ここに骨が折れそうです。
    とある書道の参考書に「大宝律令に書道の語が見られる」のような記述を発見し、そこに疑問を持って調査し始めました。たしかに、実際に「書道」という語が用いられているのはあまり見ないですよね(手習、習字、書法等類語が多数存在することも一つの要因かも知れませんが)。

    興味深い内容ですので、また調査し何か発見し次第連絡差し上げます。
    質問にお答えいただき本当にありがとうございました。

    返信

  5. udoyoshi

    お返事ありがとうございます。
    >「書道」として科目
    私は歴史の専門家ではないのですが
    ・「書道」が原文にある(現代人の訳ではダメ)。
    ・現在の書道の意味である。
    ・その後、その言葉が同じ意味で定着した。
    というのがわかれば起源といえると勝手に考えてます
    養老律令などネットで見られる「書道」という表記は
    上記条件を満たしてないので私は採用してないです。

    明治36年の斯華会の「書道講習録」以後には「書道」の表記が
    多数見られますが
    それ以前そういう表現がないので
    私は明治36年を最初としています。
    (大宝律令で定着しているなら江戸期などにも多数見られてもいいと思っていますが私は見つけられてないです。)

    当然、新しい事実が見つかれば、そっちを採用します!
    個人的には大発見ですからねー。
    たかだか100年前のことなのにわからないものです。

    返信

  6. 先のものです

    大宝律令自体の本文は散逸し発見できないようですが、内容の受け継がれている養老律令や、それらの注釈書から復元できているようです。その当時「大学寮」で「明経道」「算道」などとともに「書道」として科目立てられていたようです。主だった参考文献は、ウィキペディア等を参照すれば見つけられるかもしれません。かく云う私も調査中のため、何かわかりやすい文献が見つかればまたご連絡差し上げます

    返信

  7. うど

    ご連絡ありがとうございます。。
    >書道という言葉は大宝律令の中にすでに表れているようなのですが…
    大宝律令って発見されてましたっけ?
    詳細を教えてください!
    明治36年以前に文字を毛筆で書くことを“書道”と表現した書籍を見つけられてないので、常に気にしてみています。

    返信

  8. 揚足をとるようで恐縮ですが

    揚足をとるようで恐縮ですが、書道という言葉は大宝律令の中にすでに表れているようなのですが…。小野鵞堂が書道という言葉を使い始めたとする根拠はどこにあるのでしょうか?ご教授ください

    返信

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