元祖パフォーマンス書道「席書」 春興手習出精雙六 歌川 広重

メディアやイベンターの方から「大きな筆で豪快に書を書いてくださいよ、受けるから。」と

いわゆる「パフォーマンス書道」の相談を受けても「筆がない」と丁重にお断りする私です。

書家の方には「パフォーマンス書道」をあまりよい印象で捉えてない方もいます。

しかし、「パフォーマンス書道」の影響で書に親しみを感じてるのも事実ですから

拒否ばかりしていたのではいけないなと思い、元祖「パフォーマンス書道」?と言えなくもない

江戸時代の歌川広重の版画を紹介します。

春興手習出精雙六/春興手習出精双六」(シュンキョウ テナライシュッセイスゴロク 1847年)

春興手習出精雙六,春興手習出精双六,歌川広重

春興手習出精雙六,春興手習出精双六,歌川広重

左上で「席書」(せきがき 集会などの席で即興的に書画をかく)大きな筆で書いています。

雲平筆まさに、「パフォーマンス書道」では?

筆は、雲平筆(参照左図)のように見えますね。

この時代に、こんなサイズの和紙を漉いていて

使っていたんですね。

凧とかにしたのでしょうか?用途が気になります。

揮毫してるのは「寿」かな?(適当^^)

ちなみに右上は「褒美」です。

 

こんな古い時代から「パフォーマンス書道」はあったんですね!(墨がもったいない…)

この双六は下がスタート、上がゴール(上がり)なのですが、左右上は全員が女性です。

過去の日本は酷い男尊女卑だったという人もいますが、この双六は男女共用です。

江戸時代の外国文献でも、女性の就学率が自国と比較して高い≒女性の社会進出は

進んでいたと想像できます(あくまで当時の歴史観です)。

今の平等という考えは、あくまで明治以降の西洋の価値観であり、

日本は男女の役割が違ってバランスされていたのではないのかなと思ったりします。

(江戸時代は男女混浴だったように、今の価値観は西洋化したことが大きいでしょう。)

さて、この双六の仕組みは、私もわかりません(笑)

ただ、一番下の絵を見ると、子供がお母さんに連れられて書道教室(寺子屋ですが)に

連れられてきているようです(振出し、寺子屋入)。

春興手習出精雙六,春興手習出精双六,歌川広重

私のうっすい記憶ですが左右下の絵は練習をしなかった子供の罰だったはず。

今も昔も、子供は子供なんですよね。勉強はつまんない!ってことでしょう。

左は「留られ」線香と水の入ったお椀を持つ罰(廊下に立たされているみたいなもの)で

右は「はもん」。帰宅させられている悲しい絵だったと思います。

右の方が重い罰で、その後、親や近所のおばあちゃんと一緒に謝って許してもらうという

昭和には残っていましたが、平成になって見られなくなった事象が、この後あるようです。



和様 書家 うどよし 公式ページ 東京の書道教室 和様 うどよし書道教室

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。

コメント

お名前

ウェブサイトURL

CAPTCHA