「これは味があるねー」って、味の素なんですけど・・・

私に限らず書の感想で

「味がある」

という表現をよく聞きます。

いつも、「味の素」を思い出してしまうのです。

私は料理をして自分で食べるのが大好きです。

だから調味料やスパイスは、一般家庭より種類がありますが、
どの家庭にもあって、うちにない調味料が

「味の素」 です。(専門用語ではL-グルタミン酸ナトリウム グルソーとも言いますね)

特に意味はないのですが、味を不自然につけるという行為が好きではないのです。
人工的な味が容易につけられると、より味の濃いものを求め始めます。

でも、それは、長続きはしないことが書でもわかっています。

以下の書は左が「隷書(曹全碑)」、右が「楷書(九成宮)」ですが
書体が生まれた順として、左→右です。

曹全碑 九成宮

私は、隷書(厳密には“八分”)を「初めて漢字に装飾が発生した書体」という認識をしています。
その視点で見ると、楷書は、さらに装飾が追加された文字デザインです。

それが、「右ハライ(波磔という)」になります。
※波磔(ハタク)は1文字1つしか使われない

よく見ると、今の楷書では、ハライをしないところにもハライがありますね。
水平の横棒のハライがそれです。(例:2行目、2文字目の「甚」)

そして、楷書になると、右ハライに追加して、逆側の左ハライも生まれます。

しかし、隷書にあった、水平の横棒の右ハライはしなくなりました。

装飾が増えていく過程の資料が残っていないので想像するしかないのですが
隷書→楷書(装飾を増やしていく過程)で、
今の楷書以上にハライなど装飾の多いものなども発生したと想像します。

しかし、最終的に採用されず、現在の楷書に落ち着いたということは
過剰にハライを使うデザインはダメだということなんでしょう。

逆に、世間から味の濃いものを要求され、どんどん味が濃くなる時代も必要ということです。
最終的に、あっさりしたものに落ち着くとしたら、
今のような人工的な味の濃い書が受ける時期は、必要な工程なんだろうと思います。

そして、その後にどんなものが生まれて、どのような変化をしているか楽しみです。

※ポスターは1920年頃の中国の味の素のポスターです。

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