【証拠アリ】学校で「筆順テスト」したらダメだぞ!03

さて、続きです。(0102

01-02までの記述は、まあ、他のブログでもやっている人がいますが

02でも書いたように、わざわざ重箱の隅をつつくために文科省の教育政策図書館(要予約)に

行くような暇人は私くらいでしょう(笑)

でも、間違いは間違いです。

正しい歴史認識をしなかったばかりに、間違った歴史認識や報道で、

国家同士が争うようなこともあるわけですから(アレのことです)。

blog20130203_04

もっと有名な紛らわしい筆順の代表「左」「右」です。

違う筆順で書いていた人達や時代があったという証拠です。

まずは、筆順指導の手びきから。

当然、右は短い縦、左は短い横から書きます。

余談ですが、割と知らないのですが、右左の書き順は、横画が長短で決まっています。

坪井玄益 習字のはじめ 

 

では、明治11年 坪内玄益の「習字のはじめ」(習字の指導書)を見てみましょう。

画像が悪く、わかりにくいですが・・・・

左も右も、横画を1画目に書いています。(「左」が「ナㇶ」になっている)

(他に「上」も「筆順指導の手びき」は縦画が先ですが、(短い)横画が先になっています。)

比較するとこうなっていますね。

blog20130203_03

他の文献でも、色々と「筆順指導の手びき」と違うものは見られます。

比較したのは明治11年~昭和33年は80年ありますから、ある程度の整理がされたと思いますが、

ここまで調べて、私は筆順が昭和になるまで注目されなかったのか気になりました。

ここで、江戸時代が御家流で、明治から菱湖流になったことを知っていると

筆順が昭和33年になるまで統一されなかったのは、

江戸時代は、楷書を使ってなかったので筆順などどうでもよく、

明治から使ってみて楷書の筆順が気になるまで90年程必要だったという仮説が浮かびました。

おわり

余談:「筆順指導の手びき」の点線の「短かく」ですが、現在の送り仮名では間違いとされていますね(笑)

関連「文化庁国語課が拡散希望★「正しい筆順」のウソ」

 

【証拠アリ】学校で「筆順テスト」したらダメだぞ!03 への3件のコメント

  1. 松村 美風

    お返事ありがとうございます。

    >御家流は「筆順=文字」
     
    そうですね。そのほうがわかりやすいと思います(^-^)

    返信

  2. うどよし

    松村さん
    始めまして。

    コメントありがとうございます^^
    >=筆順がおのずと覚えられる
    御家流は「筆順=文字」だったので
    筆順と言う考え方は生まれなかったのではないか?
    と思っています。

    松村さんのように
    当時の状況を想定して文字を見る方が
    もっと増えるといいなと思います。

    返信

  3. 松村 美風

    ときどき面白く拝見しております。
     
    江戸時代は御家流「行書」ですから、
    筆順もセットで字形を覚えられたのではないでしょうか。
    行書や草書のほうが、楷書よりはるかに
    「どう書いたらこうなるか」を指でなぞりやすい
    =筆順がおのずと覚えられる
    と思うのです。
     
    楷書は、敢えて一画一画をはなして書く、
    出来上がりの状態から途中が想像しにくい、
    書き順含めてのセットで覚えさせにくい書体だから、
    こうやって理論化があとから行われたんでしょうね。
     

    返信

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