書道専門誌「公募展出品に縛られない自由な表現」←書道には自由がない




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暮らしと乖離した公募展の書作品

国内唯一の一般流通の書道専門誌の公式SNSが「公募展出品に縛られない自由な表現」と投稿したことが私の中で話題です。
「公募展出品に縛られない自由な表現をしてもいいんじゃないの?」という提案企画なんです。
新聞社系の公募書展は最低1m~という応募基準があり、一般家庭の生活空間で飾ることが難しいのです。
つまり、書道業界の公募展が、暮らし、生活から乖離しすぎていることが問題とも言えます。

”公募展出品に縛られない自由な表現”への抵抗

上記したことは、建前の話です。
書道で唯一の一般流通誌の「墨」は、”公募展出品に縛られない自由な表現”と書いており、これに違和感がないことが思考停止になっています。
他団体(所属外、系列外)の公募展の出品を縛られることはもちろん、表現規制なんて表現の自由の侵害で一番やってはいけないことです。
ところが、文化庁が後援する大手の「公募展」は名ばかりなのが実態で、実態としては「公募」が成立していません。
中身は、社中展、団体展で、それを知りつつ東京都美術館、国立新美術館など公的美術館は貸し出しているのが実態です。(知らないなら、知らないことに過失がある)
実際に、SNSなどの投稿を見ても、応募者自体が、それを理解していないことが伺えます。




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公的美術館の貸出条件は「公募展」

これの何が問題かというと、東京都美術館や国立新美術館のような公的美術館の貸出条件が「公募展」だからです。
以下は、東京都美術館の募集要項です。
「芸術文化活動の活性化、裾野の拡大→公募団体の会場として展示室を貸出」
「一般公募展覧会を主催」
とあり、公募展が貸出条件になっています。



”縛られない自由な表現”が公的美術館を借りる条件”公募展”の大前提

芸術活動は、どんな作品を、どの公募展に出品するかは、出品者の自由です。
公的美術館を利用している公募展が、表現の場を制限する場であってはいません。
ましてや、他団体に出品する事による不利益があるなど大問題なのです。
しかし、書道愛好家は、なかなか声を上げられません。

文化庁が新聞社系を優遇→寡占→独裁→専門誌「自由な表現ができない」

現在の書道業界は”公募展出品に縛られない自由な表現”は困難なことが普通になっています。
北朝鮮のミサイルが飛んできても、気にしなくなった日本人と同じです。
文化庁が長年、新聞社系列を優遇したことで書道業界の寡占が進み、今では全国のどの書道教室も、どこかの新聞社系の傘下にある状態です。
そのシェアは90%とも言われており、私達のような独立系団体はほとんどありません。
寡占の問題は自由競争がなくなり「独裁」が始まることです。
自由な表現が可能な公募展(しかも文化庁後援)で「公募展出品に縛られない自由な表現」ができないと専門誌が言っても、業界の人は「それが当たり前」となっているわけです。

新聞社系書道団体による公募書展の”私物化”

過去書道団体に所属していた方で、途中で離脱した方からのDMに関西エリアの出世ルート例がありました。
【関西エリアの出世ルート】
「全関西美術展→日本書芸院展→読売展→日展」の順で実績を積む
全部、公募展なのに、日展をゴールとした出世ルートに利用されているのです。
もともと日展には書道がなく(主要美大に書道がない理由と同じで、美術として認められてなかった)、それを入れた人たちを読売新聞社が毎日からヘッドハンティングして作ったのが読売展(読売書法展)です。
そのため、日展に行きたければ読売系列に入ることが出世ルートです。
これを各地の公募展でやるので、日本最高峰の公募展「日展」の応募数75%以上が書道になってしまうのです。
(ちなみに日展の権威性は、書道以外には全くなく、著名な現代アーティストで日展作家は、ほぼゼロ)

所属率90%で公募展→無所属10%の奪い合い…あれ?

各系列団体が独自のルートを持っているため、ルート外=他団体への出品は裏切り行為なので、バレたら出世ルート(受賞)から外れます。
公的美術館を借りるためには”公募展”が成立しないといけません。
・書道愛好家90%特定団体に所属=無所属10%
・他団体への出品できない
という条件下で、公的美術館を借りられる公募展が成立する条件を考えてみましょう。
無所属10%の激しい奪い合いが起こるはずです。
ところが、無所属団体の私達にそういう依頼は来たことがありません(笑)
つまり、会場側も「名ばかり公募」と知っている”グル”なのです。
最近話題のChatGPT先生も以下のように成立困難と言う見解です。

公的美術館が書道団体に依存

ほとんどの公募書展は公的美術館(東京都美術館、国立新美術館、都道府県の美術館など)を使って行われています。
公的美術館は、企画展(ピカソ、ゴッホなど)以外は全部、公募展です。
日本の公的美術館を最も使っている業界は「書道」になっています。
以下は東京都美術館の業界別利用割合で書道(水色)30%程度あると思います
公的美術館は、書道団体が抜けると施設維持に大きな影響が出るので、確実に利用する書道団体は重要なお客様です。
そのため、実態として自由な公募が行われていなくとも見逃してしまう忖度が生まれます。
もし、空き施設が増えると予算が減らされたり、最悪、廃館にもなりかねません。
新聞社系大手書道団体は、公的美術館の存続にはなくてはならないものなのです。

「公募展出品に縛られない自由な表現」を縛っているのは書道愛好家

以前、当団体に来た新聞社系書道団体所属のお客様が「自由でいいですね」と感想をいただきました。
当団体は「読める書(現代文)」縛りなので、書道最大の技法「筆記体」が使えないため、最も厳しい縛りの公募書展です。
一方で、新聞社系公募書展の近代詩文書や調和体部門(現代文≒読める書部門)に、サイズ以外の禁止事項はありません。
つまり、自分たちで勝手に表現を縛っているんです。
出世(受賞)したいから、審査員に気に入られる表現に自ら縛っているのです。
それは、個人的にやるのは自由ですが、日本の書道業界のように寡占化が進んだ組織で行うと、自由選択できず、実質、強制となり、それに耐えられる人しか業界に残らなくなります。
これは「書道」全体のイメージを低下させることに繋がります。
SMクラブで縛られて鞭打たれる喜びは尊重されるべきですが、公的施設を使う以上、他人に強要するのはよろしくないことだと思います。


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