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NHK朝ドラ「おむすび」書道部の教室後ろの臨書

NHK朝ドラ「おむすび」で書道部の話が出てくる

連続テレビ小説(NHK朝ドラ)「おむすび」

主演は橋本環奈。平成元年生まれのヒロインが、栄養士として、人の心と未来を結んでいく“平成青春グラフィティ”。どんなときでも自分らしさを大切にする“ギャル魂”を胸に、主人公・米田結が、激動の平成・令和を思いきり楽しく、時に悩みながらもパワフルに突き進みます!
ヒロインは高校時代、書道部に所属しており、そこでの経験が彼女の成長に大きな影響を与えます。書道を通じて彼女は自己表現の大切さや、仲間との絆を深めることを学び、将来の職業選択にも影響を与える重要な時期となります。このように、書道部での活動が物語の中で重要な要素として描かれています。




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書道部のシーンで教室の後ろに掲示されていた作品は?

各法帖を特定!解説してみますね!

「おむすび」のヒロインは高校時代に書道部に所属している設定です。
書道部のシーンの教室の右後ろに注目してください。条幅の臨書作品が飾られていますね。
臨書とは、書道の練習の基本で、古い石碑や書(法帖という)を手本として写し書きをします。
バレーボールでいうとレシーブやトスです。
書道を楽しむために必要不可欠な技法や知識を得ます。(先生の書いた法帖の手本を臨書する団体もありますが、上級者を目指す人には推奨されません)
聖地巡礼ではにですが、ドラマと同じ法帖を練習したい人もいるかも知れないと思い、解説してみます。

作品の法帖を解説すると
右から

作品の法帖を解説すると
右から
散氏盤(金文)
孫秋生造像記(北魏)
楊淮表記(古隷)
となります。

散氏盤(金文)

  • 成立年度: 約紀元前 11 世紀(西周中期から後期頃)
  • 人気度: メジャー
  • 解説: 散氏盤は19行 350字の銘文を有する盛水用銅器。口径 50.5cm、高さ 20.5cm。書道の基礎を学ぶ上で非常に重要な作品であり、特に書道を始めたばかりの人や学生にとっては、広く知られています。金文は漢字の起源を探る上で欠かせないものであり、力強い筆致や美しい形状が魅力です。

散氏盤の法帖はコチラ

孫秋生造像記(北魏)

  • 成立年度: 北魏・景明3年(502年)
  • 人気度: メジャー
  • 解説: 孫秋生造像記は、北魏時代の書風を代表する作品であり、特に中級者以上の愛好者に人気があります。独特の力強さとダイナミズムを持ち、書道の技術を深めたいと考える人々にとって、挑戦しがいのある作品です。
    スポーツ庁の看板の元ネタとしての認識もあり、一般の人々にも興味を持たれることが多いです。


孫秋生造像記(造像記1)の法帖はコチラ

楊淮表記(古隷)

  • 成立年度: 後漢時代(熹平2年、173年)
  • 人気度: マニア
  • 解説: 楊淮表記は、古隷体の一種であり、書道の歴史を学ぶ上で非常に重要ですが、ややマニアックな存在です。流れるような筆致や独特のリズムは、書道の深い魅力を感じさせ、特に古典的な書道に興味を持つ愛好者に支持されています。

楊淮表記の法帖はコチラ

書道のマニアな世界「臨書」

それぞれ異なる人気度合いを持っていますが、全体として書道の歴史や技術を学ぶ上で欠かせない存在です。
散氏盤は可愛いフォルムから日本人の人気が高く、初心者から中級者に広く受け入れられています。
孫秋生造像記は中級者以上に人気があり、初唐の三大家や顔真卿を経由して、もっとわかりやすい書風にもチャレンジしたい人には、中二病心をくすぐる北魏の造像記はうってつけです。
楊淮表記は、散氏盤に近いかわいいフォルムがあり、現在の楷書の美意識とは異なるマニアな書道愛好者に支持されています。
このように書道の世界は古典だけでも奥深く、各法帖を通じてその魅力を再発見することができます。

臨書をしても現代文には通用しない説

これまで法帖についてたくさん書いてきましたが、私の専門は現代文の手書き文字です。現代文は私たちにとって身近な日本語ですが、書道の世界ではまだスタイルや指導方法が確立されていません。つまり、現代文を書で書けないのです。
実際、現代文の手書き文字の開発に取り組んでいるのは私たちの団体だけです。

現代文は日本人なら誰でも書けるため、難しい漢文、古文を自由に扱える先生方が「現代文が書けない」と言われても、ピンと来ないかもしれません。
左の図には、歴代の著名な書家たちが「読める書」に挑戦した際の言葉が載っています。1933年の金子鴎亭氏から令和5年の石飛博光氏まで、約100年間にわたって「読める書が書けない」と言い続けています。
これらの先生方は書道界で非常に有名で、臨書をたくさん行っていますが、それでも「読める書は書けない」と言っています。そこで、私は、こんな名だたる先生が「読める書が書けない」なら、臨書を参考にした解決アプローチが間違っている可能性が高いと考えました。
そこで、私は臨書を軽視することにしたのです。

理由は色々あるのですが、皆さんに一番わかりやすい事例を1つ紹介します。
習字の授業で横書きしましたか?
横書きしないのではなく、書道的に横書きができないから、やらせないのです。
なぜなら、現代文と古文の分岐点は、横書きの有無だから、従来の書道=臨書で学べる書道スタイルは縦書きのみなのです。
古文 縦書きのみの日本語
現代文 縦横書きの日本語
これを認識している日本語の研究者はいないと思います。(研究者は書く必要がないので研究ニーズがない)
もし、皆さんで「現代文の書道を書いてみたい」と思ったなら、臨書を軽視してみてはどうでしょうか?


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