晩年の書家「読める書」を書きたがる説 理由は「◯」だった?

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なぜ、書家は晩年に「読める書」を書くのか?

私は、現代文専門の書家なので、書籍に掲載されない「書道の近代史」を調べる事が多いのです。
調べていくと、ある傾向が見られる事に気付きます。
晩年の書家が「読める書」を書きたがる人が一定数いるのです。
最近だと石川九楊さんが、新聞紙面(2017/6/30)で「これからは読める書だ」と公表しています。


他にも「おばQ」(正式タイトルは「ガラス戸」)で有名な村上翠亭氏や村上三島氏といった書道業界トップの書家にも見られます。

実は、この傾向は有名な書家に限ったことではなく、小規模団体の先生らにも共通します。
私は「こんな当たり前のことに、どうして早く気付かないんだ?」と思うほど、全員が晩年です。




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「読める書」のキッカケは「孫」説

以前から私は、書家が晩年「読める書」に取り組むのは「孫」が関係しているのではないかと思っていました。
しかし、その検証は、実際には難しいと思っておりました。
ところが、なんと、今回紹介する動画で、創玄書道会 石飛博光氏が「孫に読める書を書く」と言う話をしているじゃないですか。
(毎日系の書家 鬼頭墨峻さん、石飛博光さん、船本芳雲さん、辻元大雲さん、仲川恭司さん、柳碧蘚さん)

この動画を撮影した毎日書道会が、この発見に気付かないのも悲しいわけですが、とにかく「読める書キッカケは”孫”説」を唱えていた私にとって、すごい資料です。
全文は以下の通り(一部、省略、推測、加工部分あります)

石飛氏「私、最近書いてると、時々、家内から叱られるんですね。うちの孫達が読めるような字を書いてほしい」
船本氏「そこなんですよ」
石飛氏「いろいろ、こう、おしゃれに書いてみようとか、楽しく書いてみようとか、リズムに乗って、調子の乗って書いてみようとかやるとね、なるほど読めなくなっちゃうんだよねこれはやっぱり問題だなと。(略)一番下の孫にもちゃんと読めるような字を書く。それがあなたの仕事でしょ?って。」
周囲「(笑)」「厳しいねー」「そっかー」
石飛氏「みんなそうだよ、考えてみようよ。楽しい字を書くのいいんだけども、やっぱりね、子供達にね、作品の前に行ってね、パッと読んでくれるようなね、そういう作品をね、書きたいなぁというふうにね、最近、特に思っております。これから80代はそういう作品を書いていきたいなーと思っているんだけども。つい最近、いくつかの展覧会の作品を書きましたけども、いやー読みにくい字ばっかり。反省しております。」
周囲「(笑)」
鬼頭氏「最近思っているのは、やっぱり日本人がね、漢詩を書いたってね、読めやしないよ。そうすると、これからの進む道はね、近代詩か大字書なんだよ。と思っているんだけども、入ろうとは思わないけど大字書には」
周囲「(笑)」

最後、無関係だった大字書が少し被弾したのは、はご愛嬌です。

石飛氏「読めない近代詩文書は問題」

この主張の重要な点は
①毎日書道会(日本最大) 常任顧問、創玄書道会(最大派閥) 会長、近代詩文書トップの石飛博光氏の発言
②「読める書」の近代詩文書を「読めない」と問題提起
(裸の王様で、王妃「あなた、裸よ」王様「やっぱり?服を着たい」と言った感じ)
③周囲に「みんなも考えようよ」と危機感の共有
④「読める書」はできていない
ということです。
そして、鬼頭氏(日本書道美術院理事長、毎日書道会理事)が「漢詩は読めない」と発言していることも追加します。

「読める書」晩年では遅い

石飛氏が会長を務める創玄書道会の創始者は「読める書」近代詩文書の発明者 金子鴎亭氏。
金子鴎亭氏が「読める書」を提唱した時の年齢は27歳。


書道業界外では、相田みつを氏が詩文を書き始めたのは30歳頃。
榊莫山氏が日本書芸院、奎星会を退会(書道団体から離脱)したのは22歳。
絵手紙 小池邦夫氏は、教室の初開催が40歳なので、30代には完成していたと思われます。
これらの歴史から、一定の成果を残す条件として「若い着手」が見えてきます。
逆に、晩年に「読める書」参戦を表明した村上三島氏、前述の石川九楊氏らは、厳しい結果になっています。
(石川九楊氏は、ご存命なので可能性がありますが、6年経過した今も未発表)




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プロとしての「読める書」は、まだ誰もいない

私は「読める書」を10代から取り組みました。
大学卒業する頃までに「わからない」ことがわかりました。
今回の石飛氏の発言を聞いて、日本にいる書道愛好家は、読める書に関して
「”わからない”ことがわかってない」可能性があると思う。
極端に言えば「誰でも読める=誰でも書ける」と誤解している。
ここで議論しているのは「プロ」の話なのです。
例えば「漫才を見る=漫才を演る」「ラーメンを食べる=ラーメンを作る」と同じこと。
誰でも漫才っぽいものはできるが、プロとして「漫才で笑いを取る」は相当難しい。
誰でもラーメンを作れるが、プロとして「利益が出るラーメンを作る」は相当難しい。
プロとして「読める書を作る」ことは、90年以上、まだ誰も達成者のいない日本文化の最高峰なのです。
そこには、誰も座ったことがない椅子が100年近くあるのです。

書道の「読める書」現代文問題

今回の「読める」の定義は「特別な勉強したら読める」ではなく、義務教育の知識で「読める」です。
つまり、現代文のことなので、現代文の条件をクリアすることがスタートです。
①筆記体(連綿帯)は禁止
②縦書き&横書き可能
この条件を満たす書体は、現在「楷書」のみです。
そこで「楷書は読める書」と言えたら楽なのですが、書道業界で楷書/美文字は「子どもの書体」と言う印象を作っています。
これは、書道ビジネスの本丸が大人部門の行書、草書、隷書、篆書などにあるから、そこに誘導する必要があるためです。
この状況で、団体トップの先生(プロの最上位)が「楷書は読める書」とすることは、書道のビジネスモデルが崩壊します。
そのため、先生方に期待されるのは、普段から主張している古典重視を踏まえた具体的な読める書の新提案=読める書作品が必要です。
でも、現代文の読める書の必要性が書道業界で生まれて100年近く経過していますが、未だに、この課題を解決できた人はいません。
石飛氏が40代、50代でこれに着手していたら可能性があったかもしれませんが、書道団体に所属したことが、それを困難にさせた可能性があります。
そもそも、近代詩文書を発案した金子鴎亭氏も「読める書」のはずが、(書道業界での出世のため?)筆記体を取り込んでしまい読めなくなってしまいました。
書道愛好家は古典の勉強をとても熱心にしますが、先人たちの身近な歴史は、あまり勉強しません。
ここに書いた内容を知っているだけでも大きな短縮になるのではないかと思います。


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